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私は平成22年3月31日を持ちまして、45年間勤めてまいりました、母校岩手中・高等学校を退職いたしました。 |
| 最後の10年間は第8代学校長として、同窓会の皆様方の多大なるご支援、ご協力を戴きまして無事に |
| 勤めてまいることが出来ました。 |
| 改めまして、深く感謝申し上げます。 |
| 思い起こせば昭和40年着任以来色々な事がありました。 |
| 昭和45年に行われました岩手国体の総合開会式において400名を超える大吹奏楽団の行進指揮を |
| 行ったこと、平成11年の岩手インターハイでは、大会史上初といわれた現職校長として式典音楽での |
| 指揮をしたことなどが楽しかったこととして記憶に残っております。嫌なことは忘れました。 |
| 教員時代にはクラブ指導(吹奏楽部)に明け暮れていたように思います。 |
| 部員たちが大変頑張ってくれたため、全国大会や東北大会に数多く出場出来たことは、本当に幸せな |
| 事でした。 |
| 校長就任後は、現在社会問題ともなっております少子化で、生徒確保に先生方からの提案や協力の |
| もと取り組んでまいりました。。幾分なりとも成果を上げることが出来たと思っております。 |
| 今後も、大変厳しい状況が続くものと思いますが、新校長を中心に先生方の、更なるご尽力をお願い |
| したいと思っております。同窓の方々のより一層のご支援も合わせてお願いいたします。 |
| 校長としての最後の年には、山岳部のインターハイ優勝、囲碁将棋部の全国大会準優勝(前年優勝) |
| テニス部12年連続インターハイ出場、ソフトテニス部団体インターハイ初出場など、また、その他の |
| クラブにおいてもすぼらしい成果を上げてくれました。 |
| 頑張ってくれた生徒たち、そして、この子供たちを熱心に指導していただいた、顧問の先生方に心から |
| 感謝をしております。 |
| 最後になりますが、私の退職に際しまして、同窓会の役員の方々に慰労会を開催していただきまし |
| て、身に余る光栄でした。誠にありがとうございました。 |
| 今後は、学校法人岩手奨学会の理事として、幾分なりと母校に恩返ししていきたいものと思って |
| おります。よろしくお願いいたします。 |
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