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| ■ 昭和16年から20年までの4年間を、旧制岩手中学校(現岩手高校)で青事時代を過ごした |
| 岩手中学校旧制16回生たちが、在学当時の思い出の記をつづり「忘れ得ぬ日々」と題して |
| 平成11年9月に出版しました。 |
■ 福士 俊朗氏を代表とする8人の編集委員(岩泉 明、太田代 實、小山田 行男、河村 透、坂下 英夫、 |
| 下山 一夫、多田 一信、中島 昭)によってまとめられました。 |
■ 戦争に明け暮れた自分たちの生きた時代が記録されている。 |
| 同級生たちの手記「忘れえぬ日々」には「岩中のころ・回憩片々」「山中先生を悼む」「学徒動員・久慈そし |
| て川崎」 「焼い弾の炸裂する中を」やアンケート「中学時代を語る」「今にして思えば」など、 |
| どの章にも在学当時の戦争体験が盛られている」 |
■ 第16回生は、昭和16年4月に旧制岩手中学校に入学した同年12月8日に太平洋戦争が勃発 |
| 2、3年と学年が進むにつれ、学園生活も戦時色一色に塗り込められる。 |
| 国策に沿って軍隊に入隊した人もおり、学園に残った生徒たちはいずれも久慈の砂鉄堀りや川崎の |
| 機器工場での作業に動員され、学生生活の大半を終え、20年に卒業するころには終戦を迎えていた。 |
■ 中には、学徒動員で久慈や川崎で働いた思い出ばかりでなく、軍隊に行った人はそのときの軍隊の状況 |
| や、中には広島で原爆投下を目撃し被爆者の救援や死体処理に従事した経験を綴っている人もいる。 |
目 次 |
| 編集後記 |
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福士 俊朗さん
<拡大写真> |
| 岩手中学校旧制16回生「思い出の手記」 |
| 『忘れ得ぬ日々』 発刊にあたって 編集委員会代表 福士 俊朗 |
私たち旧制16回生はまったくの戦中派です。 |
| 昭和16年、中学1年の年に太平洋戦争が始まりました。 |
| 戦争中であっても、1年生2年生のうちはまだ中学生らしい穏やかな毎日が |
| あったのです。 |
| 3年生あたりから時代は次第に戦時色が濃くなってきました。 |
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| 岩手中学校旧制16回生の皆さんへ |
平成22年9月25日 |
今年は例年になく暑い夏でしたが、漸くこの頃になって秋の気配が見えてきました。 |
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| 同級生の皆さん、暫くお会いしていませんがお元気ですか。 |
実は、最近、二、三人同級生の人たちと顔を合わせることがあって、 |
| 皆さん、どうしているだろうという話になりました。そして、皆さんから最近の様子をお知らせ願い、 |
| 全員の分を集約してそれを皆さんに配り、お互いの様子を知ることにしたら |
| どうかということになりました。 |
就きましてはご面倒ながら貴君の最近のご様子を同封の葉書に紹介願い |
| 10月16日(土)までにお送りくだされば幸いです。 |
| その後全員の分を取りまとめ皆さんのお互いの様子をお知らせします。 |
| 宜しくご協力ください。 |
小山田行男、福士俊朗、ほか |
近況のお便り |
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旧制16回生(旧制岩手中学校 昭和20年卒)の有志での「懇談会」を開催しました。 |
山中 玲子さんは山中先生のご息女です。 |
| 盛岡近辺の諸君の会にはよく声をかけていて、今回も参加していただきました。 |
集まってみると皆いい年になっていて、それでも昔の思い出話とか |
| 現況の話題でにぎやかなひとときでした。 |
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| 上左写真 |
| 【前列右から】 |
| 坂下英夫君、佐藤和照君、山中玲子さん、大山哲男君、杉本辰郎君 |
| 【後列右から】 |
| 小山田行男君、猪狩康三君、五日市義巳君、圓子龍一君 |
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