
|
 |
空港から友人宅までは迎えの奥さんの車で移動。途中のフリーウエイは5車線プラス側道は |
広く、皆さん80キロのスピード制限を守っています。 |
制限表示はどの車線からでも分りやすく道路上に光、かなり短い間隔表示されている。 |
*それでも帰国する日の朝方に暴走車が表示の支柱を倒したため、この広い道路が交通止 |
めになってしまい大回りして空港に入りました。どこでも交通事故はつきものです。 |
フリーウェイから幹線道路に入ると大樹が住宅を囲っています。 |
メルボルンでは各家庭の樹木は住民の財産であるとの決まりなので、勝手に切ることは |
許されません。必ず行政の許可を取る必要があります。違反するとAU300ドル(1ドル=約80 |
円)の罰金が課せられる。特にユウカリの木は大事にしなければならないとのことです。 |
|
 |
|
 |
|
Wheelers court |
|
樹木に囲まれた住宅地の道 |
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
 |
車 道 |
 |
フリンダース・ストリート駅前 (中心が松見賢一郎君) |
メルボルンのこの時期は初夏です。 |
気温が30℃前後ですが湿度が低いので爽やかな気候です。市内は半袖や短パン、長袖の |
人いろいろです。はじめの頃はあまり気にしませんでしたが、以外に紫外線が強かった。 |
私は10日間過ぎた頃には日焼けしてしまいました。 |
孫娘は帽子を被っていましたが、肩の辺りは髪の毛がはっきり変色してしまいましたので |
帰国してから学校の先生に言い訳したそうです。 |
オゾン層の破壊がこんな風に影響が出るんですね。 |
夏季は小学生はサングラスを義務付けられているそうです。 |
日本では放射能、豪州は紫外線、何れも大変な荷物を背負ったようです。 |
|
フリンダース・ストリート駅前 |
|
|
 |
 |
メルボルンが発足した時からある街路 |
|
 |
フイッツロイ(中心部より北寄り)のブランズウイック・ストリート |
独自の趣味を生かした若者文化の発信地と聞いて出かけましたが、 |
19世紀の古い町並みを残す通りです。 |
建物は当時のものを今も大切に使っています。 |
至るところに派手な落書きが街を飾っているようでもあります。 |
しかし、夜は顔が変わってしまうようで近づかない方が賢明なところなようです。 |
|
 |
 |
 |
 |
19世紀のポストと私 |
何と古い使われていないポストも多数残っている。 |
|
|
|
|
|
|
 |
グレン・ウェヴァリー駅ホーム |
 |
茶色のトラム(city circle tram)は誰でも無料
市の中心部へでかける時は、車又は近くの駅から電車を利用します。 |
グレンウェバリー駅からフリンダース・ストリートST駅まで約40分、 |
ゆっくりしたスピードで走ります。 |
料金は1日券で約AU10ドル。 |
この券1枚で市内のどのトラムにも乗車できます。 |
自動改札を通りますので、駅員はあまり見かけません。 |
チケットなしでも乗れそうです。 |
しかし、時々無賃乗車を取り締まります。 |
6日夜9時頃、乗務員が検札にきました。 |
2人が出入り口で見張り、2人で本人を確認をしていました。 |
たまたま、中国人の若者が捕まりましたが、2人が出入り口で見張り、2人で本人を確認。 |
住所・電話・家族・友人名と電話番号を言わせ、その場からそれぞれへ連絡して |
本人確認をしていました。 |
確認できるまでは放免しません。 |
徹底して調べています。 |
そして、本人には罰金AU300ドル! 検札の4人は20分かけて降りていきました。 |
ちなみに乗車中に前の座席に足を乗せても罰金! 汚い言葉を発しても罰金!300ドル |
と張り紙がありました。 |
茶色のトラム(city circle tram)は誰でも無料です。 |
市内を巡回しています。 |
|
|
|
|
トラム車内
トラム(tram) 路面電車 市街電車
AU1ドル=約80円
|
 |
 |
 |
 |
|
 |
和太鼓の演奏会に誘われて出かけました |
和太鼓・りんどう |
17年前から和太鼓を現地の方たちに教え、普及を図っている坂本敏範氏が |
リーダーで、今はメンバーが約200人の大世帯です。 |
演じている殆んどは現地人で日本人は数人です。 |
太鼓はリズムがはっきりしていて、体で演じる魅力が受け入れられているようです。 |
昨年の震災を機に日本のためにやろうと募金活動を開始し12月で5回目、 |
収益金は全て、みちのく未来基金へ贈っているそうです。 |
しばらくは続けて応援をされるそうです。 |
会場は私学のホールてしたが、非営利のボランイィアには貸してくれます。 |
雨天でしたが400名を超える観客で一杯でした。 |
海外でこうした活動に出会え、感激しました。 |
|
 |
|
 |
このレポートの提供者
「松見賢一郎君」(新9回生)
(ジェリス・パークにて) |
 |
 |
ジェリス・パーク(Jells Park) |
友人の住まいの近くにジェリス・パーク(Jells Park)があります。 |
総面積 129ヘクタールあり、出来るだけ自然のままであることを考え |
管理されている。 |
風でおれてしまいそうな大木はパトロールが見回った際確認して切り落とし |
市民の安全を図っています。 |
ゴルフができる広さです。 |
|
 |
|
 |
ヒールズビル・サンクチュアリー(Healesville Sanctuary) 動物園 |
メルボルンから郊外へ2時間余のところに、ヒールズビル・サンクチュアリー |
があります。 |
ここはオーストラリア特有の動物200種類が生息しています。 |
園内ではそれらの動物を自分を探して観るというユニークさがあります。 |
危険な動物の居るところにはエレクトリック・フェンスが設けて注意しています。 |
オーストラリアは道路が広く、自然が豊かなので交通事故に遭う動物も数多くいます。 |
そういう動物のために動物病院が設けられており、怪我をしたもの、 |
親終えたため親をなくした子供を保護して、元気になったら自然に帰すことをやっています。 |
コピー代個は国立で、医師9名を含めて100人とボランイィア30人計130人が働いています。 |
訪れたときかは暑くてすべてを回りきれませんでした。 |
動物病院の傍にブッシュファイアの残骸が据えられてありました。 |
そこには「この木が1本燃えたため何匹かの動物が命を失い、何匹かが生きて |
いけなくなり、木が再生するまで数年かかります。 |
いかに自然を大切にすることが大事かと訴えてありました。 |
|
|
|
 |
 |
 |
 |
|
 |
メルボルンで最も古いパブ |
フリンダース・ストリート駅前角に Young & Jackson があります。 |
ホテルにもなっていますが、その1回は大衆パブ、2階はちょっと上品な部屋になっています。 |
創立時の写真も飾ってあり、ジュールス・ラフィーバーが描いた |
CHLOSVSがあります。 |
1875年から今も現役メルボルンで最も古いパブです。 |
松見賢一郎君 |
|
 |
 |
 |
|
 |
旧メルボルン監獄 |
市内の北に19世紀の歴史ある旧・メルボルン監獄があります。 |
1841年に建てられ、1929年まで使われていたそうです。 |
入場料AU18ドル、日本語のパンフレットは用意されていましたが、中での解説は |
英語だけなので不便です。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
 |
 |
 |
 |
ネッド・ケリーが収容されていた独房と写真
大男だったことが写真からも推測できる。
ねずみ小僧次郎吉のオーストラリア版、ネッド・ケリーが使った手作りの |
鎧と兜を使った寸劇も行われ、迫力がありましたが、英語劇でしたから理解不足。 |
観客に頼み、兜を持って写真を撮ってもらいました。 |
後で聞いた話ですが、 |
彼は悪人でしたが、子供達の間では結構英雄視されているようです。 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
 |
|
 |
キャプテン・クック(Captan Cook)の生家 |
英国軍人で海洋地図を作成し、初めてオーストラリアに上陸した |
キャプテン・クックの家があります。 |
1934年にスコットランドから移築されました。 |
この付近にある大きな樹木(イングランド・オーク)も家と一緒に |
持ち込んだそうです。 |
|
|
 |
カールトン・ガーデン園内にある王立展示館 |
オーストラリアが初めて首都を置いた37年間、庁舎として使われていた建物です。 |
2004年に世界遺産に登録されました。 |
|
|
|
 |
 |
シ ド ニ ー |
シドニーは2泊なので時間が短いため、AU60ドル払って、ジャックさんの楽しい |
日本語ツアーを申込み市内を案内してもらいました。 |
シドニーはメルボルンより都会的です。 |
ここは商社が多いので、スーツ姿の方をあちこちで見かけます。 |
背の高い建物も多いので聞いたところ、大部分は住宅として使用されているそうです。 |
しかし、ここも不況で失業者が多く、失業保険で暮らしている人が増えています。 |
失業保険の受給は期限はありませんが、若者には行政も力を入れて就職の世話を |
していますが50代を超えるとなかなか見つからないので受給者が減らない |
要因でもあります。 |
年金は65歳からですが、現在68歳案を検討中。 |
これだけ恵まれているのは皆さん所得税を48%も払ってきているからだと言ってました。 |
年配者は医療も無料。歯科は別扱いですが随分高いらしいです。 |
オペラハウスも訪れましたが何と中国人の団体で一杯でした。 |
彼らはバスを連ねてやってきます。 |
アシアの観光客で一番多いのが中国人80%、韓国人18%、日本人2%、 |
極端かも知れませんがそのくらい中国人が溢れてします。 |
首にカメラは、昔は日本人でしたが今は中国人です。 |
何しろ煩く騒いでいますから直ぐにわかります。 |
|
シドニーは中心部をモノレールが走っていてとても便利です。 |
一番高い建物はシドニータワーです。260mあり、素晴らしい展望でした。 |
街中ではいろいろ食事をしました。 |
暑いのでビールを飲みたくなりましたがレストラン以外の小さな店ではビールは |
売っていません。 |
コンビニ7&11でも売っていなく、自販機などもありませんからポイ捨ても見られませんでした。 |
許可された店以外には販売させないという国の姿勢が出ていたと思います。 |
空港から市内へはタクシーを使いました。約AU30ドル。 |
往復とも運転手はソマリア人です。 |
2人とも自動車の整備が出来るので入国を許可されたそうです。 |
ソマリアに居ては自由がなく、殺し合いが途絶えないので歩いて〜歩いて〜歩いて、 |
やっと国をを抜け出しやってきたそうです。 |
我々は何処の国か分るかと聞いてもらいましたが、 マレーシアか?中国か?韓国か? |
といって日本と言ってくれないので、丁度前を走っていた車はどこの国かと?と |
聞いたら Japan! と。 |
やっとわかって笑っていましたが、それほどまだ彼らには日本が認識されていませんでした。 |
海賊のイメージが強い国でしたが、笑うと童顔の人でした。 |
降りるときに孫に私のことをダディ?かって言われ、笑っちゃいました。 END |
|
 |
 |
 |
 |
左側の写真をクリックして拡大してご覧ください 説明文も付いています
|